121 :名無しさん@恐縮です:2009/07/16(木) 16:10:49 ID:14XvHhNB0
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ゴムアナだとか口で付けたなどのレスが散見されるが勘違いも甚だしい
サガミオリジナルを軽く見ないで頂きたい
コンドームと一口に言うがこれはコンドーム界の革命児
そんじょそこらのコンドームとは一味も二味も違う
個別包装はゼリーみたいなプラスチックのカップに1個1個入っていて通常のコンドームの倍の値段
限界まで薄さを追求するため素材はゴムではなく強度の高いポリウレタンを採用し実現した
驚異の厚さ0.02mm
ただ薄さを追求してポリウレタンを採用したがために伸縮性が無くまったく伸びない
だから口で付けるなんてどう考えても無理
しっかり勃起させて両手でゆっくりと丁寧に付けないとまず装着できないし
一度装着したら勃起を持続させないとずれてしまう
使う側にも高い技術が求められるまさに「コンドーム界のレーザーレーサー」サガミオリジナル
それだけ苦労して使用した者だけが得られる薄さ0.02mmの快楽

オカモトを長らく君臨する業界1位の座から引きずり落とすべく開発された相模ゴム工業の切り札
ゴム製0.03mmコンドーム発売から0.01mm薄くするために29年かかったという技術の結晶

夏目アナが笑顔で手にするのはそういう特殊なコンドームだということを充分認識した上で
レスをして頂きたい

uinyan:

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tsuneblr.からリブログ

コンピュータの使用に関しては、特別な注意が必要である。理由と判断が展開されるところでは、学生にとって、問題を解く際の操作練習よりも問題を定式化する経験の方がもっと重要になる。この理由のために、コンピュータ処理は注意深く規制されねばならない。

今のところ、自由体線図を作図し、支配方程式を定式化することは紙と鉛筆で実行するのが最も良い。一方、支配方程式の求解についてはコンピュータを用いることで最も良く実行でき、表示できる。

— 『メリアム カラー図解 機械の力学 ~質点の力学~』(J.L.MERIAM&L.G.KRAIGE著、浅見敏彦訳、丸善株式会社) 序文より
1)モノレールの利点について
一般に2本のレールの上を走る通常の鉄道ではなくモノレールを敷設する理由は建設時のコストです。モノレールはその形態上、急曲線に対応できますので通過する土地が通常の鉄道に比べて少なくできます。道路の上に作る等する場合、交差点の上で一気にカーブを切れるかそれとも道路外の民有地にはみ出すかということだけでかなりの用地面積の違いが出るようです。
 高架橋にするためにコストが掛かる件については、現行の法律では通常の鉄道を新設する場合でも原則として道路との平面交差(踏切)は行ってはいけないことになっているそうですので、新たに路線を引く場合においては高架、立体交差になることは避けようが無いようです。
 逆に高架橋の上部構造物が軽量に出来ることから、橋脚やその下の基礎も通常の鉄道より耐力が低くて済みます。高架の柱や地面に打ち込む杭が細くて済むということですね。

 それと、モノレールのスピードは遅いものと考えられがちですが上記の建設コストを下げるという観点から急カーブ、急勾配が多くなるためにスピードを押さえられているのであって、実際には100km/h程度のスピードは出せるそうです。

 維持管理のコストという面で見た場合にはモノレールは通常の鉄道に比べて
あまり有利ではありません。通常の鉄道だったら、量産されている汎用の保線機械が使えますし、保線作業は線路の上を歩いてでもできますが、モノレールではそれぞれの路線の規格に合わせた専用の保守機械が必要ですし、人間が直接レールを目視するためには地上から足場を組むかそれこそ一本橋を延々と歩く羽目になります。


(2)懸垂式と跨座式のちがい
宙吊り式のモノレールを懸垂式(けんすいしき)、一本橋の上に乗った形のモノレールを跨座式(こざしき)というんだそうです。
 懸垂式の方がレールと車体とのかみ合わせ、カーブでの車両の誘導装置の構造をシンプルに出来るんだそうです。機器類を屋根に全て集めることが出来るので整備、車体構造の面でも楽だそうです。ロープウエー等と同様にカーブなどでは車体が外側に振られるので乗り心地は若干不利でしょうか。
 跨座式はレールを跨ぐ関係上、車体の方に走行輪、案内輪の逃げを作ってやらねばなりません。東京モノレールなどでは車両の前後両端が一段高くなって荷物置き場になっていますが、あの下に走行用の車輪と駆動用のモーターが入っています。また、モーター、ブレーキなどを制御する機器などもレールを挟んで左右に分配して配置しなければならないため、レイアウトには苦労しそうですね。
乗る人から見た気分的な安心感は跨座式の方がありますね。
私は跨座式の方が気分的に好きです。
モノレールの利点や違いについて - BIGLOBEなんでも相談室 (via petapeta)

シカゴ市内の高架鉄道はすごかったけどな。あの急カーブ

(via higamma)
Hi!からリブログ

 力学を教える際にありがちな一つの傾向は、問題を解くという目的で理論を展開することよりも、主に理論を説明するための一つの媒体として問題を用いることである。

この第二の考え方が優位に立つときには、問題が過度に理想化されて工学からかけ離れてしまい、退屈で、非現実的で、興味が持てないといった経験をさせてしまうことになる。問題を定式化し、それを解くのに必要な理論とその意味を考えさせるという学生にとっての貴重な体験を奪い去ってしまうのである。

一方、第一の考え方は、理論を学ぶことに対して最高に強い動機を与え、理論と応用のより良いバランスをもたらす。学生に興味を起こさせ、学習に対する可能な最大の動機を与えるという目的が演じる重要な役割については強調しすぎることはない。

さらに、力学の教育者として、我々は現実の世界が理論を近似しているという考え方ではなく、たかだか理論の方が現実の世界を近似しているに過ぎないということを理解するよう強調しなければならない。理念におけるこの違いは全く根本的なものであり、力学の工学を力学の科学から区別するものである。

— 『メリアム カラー図解 機械の力学 ~質点の力学~』(J.L.MERIAM&L.G.KRAIGE著、浅見敏彦訳、丸善株式会社) 序文より
議事録やら報告書やら読み返していて思ったんですが、やはり最初の工数計算を間違えてしまうと小さい案件のほうがバッファがない分、取り返しがつかなくなるという法則に改めて気づかされるのであります。かなり個々人が頑張って挽回はしておったのですが、改善のためにコストを突っ込んでもクオリティがなかなか上がらない、要求仕様のクリアに時間がかかるというのは当然のことでありまして。
— 小さいプロジェクトのほうが炎上したあとリカバリーが効かない件 - やまもといちろうBLOG
結婚をして、子供を儲けるということは、自分自身の人生とは違う未来を背負うことをも意味する。私が満腹だからといって、家内が食べなくていいとは限らない。私がいまの時代を生きてこのような価値観を持っているからといって、息子が生きる未来が同じ価値観とは言い切れない。当たり前のことだけど、その当たり前のことを考える苦労というのは、一人で生きて、自分だけで判断してきた世界とはかなり違う。
— 「女性は若い時に結婚を」発言→「女性蔑視、人権侵害」→謝罪、撤回という風潮 - やまもといちろうBLOG

では、なんで時間が減ったのか。端的に言うと、夜、連れ合いと一緒にいる時間が増えたからです。

 共稼ぎなんで、買い物、掃除、洗濯、皿洗い、たまに料理の手伝いもします。ニュースや新聞を見ながら、とりとめもなく話す時間も多くなった。二人しかいないのに自分だけ自分の世界に没頭しているのは申し訳ない気もする。

 そういや、同居1ヶ月後に「パソコン禁止令」が出ました。晩飯の前にパソコンはしない。夜0時過ぎにパソコンをしない。というのが、それです。キーボードをかちゃかちゃしていると際限なくパソコンに向かってしまう、ということ。禁止令の制定意図は分かるんで、こちらも了解しました。

 旅行もしていない訳じゃないんですよ。でも、1人だけの趣味旅行ではない。独り身時代のように無茶はできません。

 そうした環境下では、趣味の時間を削減するしかない……と、オタクライフを三十数年続けてきた私ですら思います。

— 「■[鉄道マニアの話]オタクが結婚生活で初めて気づいた趣味の「無駄」と「効率性」の話」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

正直いって、最近のあらゆる本は意味もなく 3.11 大震災を持ち出しすぎだと思う。「アーティストのためのハンドブック」でも、大震災によりアーティストの意義が変わったとかなんとか訳者解説にある。変わってないって。ショックだったのはわかるけれど、それで自分が何かえらくなったような気分にひたってはいけない。それは高校くらいに、はじめて社会の役割とかこの世の不正とかに気がついて「世界はどうあるべきか」なんて考えはじめたとき、ついつい自分がえらくなってだれも気がつかなかった真理に気がついたように思ってしまうのと同じだ。「もっと人々が分かち合えばいい社会になるのだ!」とか「大人は強欲で汚い! もっと心を大事にする社会にしなければ!」とかね。

あの震災でもそうだ。あれを期に初めて社会の仕組みとか公共の役割とかに思いをはせた人々は、いままでそういうのを何も考えたことのない人に限って、何かそれで自分がすごく深遠なことを思いついて、だれも考えていなかったことを自分が考察しているかのような気分になって、舞い上がっている例が多々ある。「もっと人々が分かち合えばいい社会になるのだ!」とか「もっと心を大事にする社会にしなければ!」とかね。

でも、やがて高校生たちもわかるように、実は自分が考えたことの大半は、とっくに誰かが考えているのだ。そして自分の考えの相当部分は、浅知恵にすぎないのだ。でも、震災で何か深遠なことを考えたつもりの人々の多くは、高校生とちがってバカにされて成長する機会を持てないまま、そうした認識に到達せずに終わってしまっている。きみたちは何も変わっていないのに。おたおたしただけで、それに安住しただけでかえって愚かになっているのに。

何でそういうことをいまさら備忘録のように私が書いているかというと… やっぱり不況だから資金が枯渇していて、どこも新規のことに積極的に噛もうとはしないので、二年前ぐらいだったら簡単に通っていたような企画や計画が通りづらくなっているからなんだよね。これは、あんまり業界を問わないと思う。

 でも、金が金を生むといっても、金を作るには良いアイデアに基づいた事業が投資先として必要なので、むしろ不況のときほどイノベーションが進む分野だってあるんじゃないかと思うんだ。だから、どういう内容であれ面白そうであればこっちだって話は聞く。良いと思えばお金だって出すよ。むしろ、不況だからこそ良い案件が来る可能性が高いと考えて、面白ければ無理してでも乗るんだ。

 ただし、景気が悪いと「金になりそうなこと」に人や企業が殺到しており、どうしても陳腐なアイデアに偏りがちになる。これは、コンテンツだろうが技術だろうが流通だろうがあまり変わらないと思う。IT業界だったらiPhoneやandroid、海外投資でクラウド方面に出てアメリカに安価なDCを探したいとか、そういうブームのようなものはある。だから、そういう似たようなことを考えている人がわんさかいる状況で、他人より一歩先に出るような提案をされることはあんまりないのも事実なんだよね。

— 「ビジネスにおける被害妄想問題」 - やまもといちろうBLOG